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認知症予防のできる町をつくる

認知症予防のできる町

鳥取県琴浦町

旧東伯町役場健康福祉課の藤原静香氏が在宅介護支援センター(以下、在介センター)で認知症の電話相談を担当したのは2003年のこと。しかし電話がかかってくることはめったになく、たまにかかってくると、重症になって困り果てた家族の泣きながらの訴えばかりだった。なぜ、もっと早く連絡してくれなかったのか──問題意識を強くもった藤原氏は相談できる認知症の専門家を探しまわった。偶然にも米子市にある鳥取大学医学部に認知症研究の専門医である浦上克哉教授がいることがわかり、すぐに訪ねてこう懇願した。「東伯町に協力してください」。藤原氏の強い思いを受け取った浦上氏は、その場で協力を約束した。

藤原静香(ふじはら・しずか)さん        鳥取県琴浦町役場健康福祉課地域包括支援センター主査 1982年旧東伯町役場保健師として就職。 2003年在宅介護支援センター係長、06年地域包括支援センター、10 年から現職。10年12月5日に鳥取県米子市で開催された日本認知症ケア学会2010年度中国地域大会で演題発表IIIの座長を務めた。

浦上克哉(うらかみ・かつや)先生        鳥取大学医学部保健学科生体制御学講座・ 環境保健学分野教授 医学博士。1983年鳥取大学医学部卒。同大医学部 脳神経内科講師等を経て、2001年から現職。09 年同大学医学部保健学科生体制御学講座代表、10 年同保健学科検査学専攻・主任。第13回ノヴァル ティス老化及び老年医学研究基金受賞、第9回日本認定内科専門医会研究奨励賞受賞。

そこでまず立ち上げたのが認知症対策委員会であった。これは認知症対策を町の最重要課題と考え、各組織代表者でその方向性を検討する会で年2回開催されている。

藤原氏らは当初、講演会の開催を考えていたが、浦上氏と鳥取大学総合メディカル基盤センター准教授井上 仁氏らが開発したタッチパネル式コンピュータによる「もの忘れスクリーニング検査」が商品化されたことや、普及啓発とスクリーニングを同時に行ったほうがよいとの浦上氏からのアドバイスもあり、04年度から認知症予備軍を早期発見する「ひらめきはつらつ教室(以下、ひらめき教室)」をスタートさせた。

ひらめき教室は、65歳以上の介護保険未申請者を対象に開く。教室では、認知症の理解に向けてのミニ講演とタッチパネル式コンピュータを用いてスクリーニング検査を行う。この1次検査は遅延再認、日時の見当識、図形認識の三つの検査項目からなり、所要時間は約4分と短く、受診者にそれほど負担にはならないという特長がある。15点満点中、13点以下の人は、同様にタッチパネル式コンピュータを使って行う2次検査「TDAS」の対象者となる。TDASはAlzheimer’s Disease Assessment Scale(ADAS)を参考にして作成されたテストで、7~13点が軽度認知障害(MCI)、14点以上が認知症の疑いがあるとし、神経内科医が診察、結果説明をして、精密検査が必要な人には専門医療機関への紹介を、MCIの人には「ほほえみの会」への参加を促す。ほほえみの会は、血圧測定から始まり、体操や音読、計算などのプログラムが盛り込まれている認知症予防教室である。介入効果を評価するために必ず教室の前後でTDASを行う。

ひらめき教室の大まかな流れは、その後も基本的には変わっていないが、実施していく中で出てきた問題点や課題などに対応しながら、少しずつ変化させている。

告知チラシを手渡しし、開催会場を増やす

琴浦町の取り組みがどのような変化をたどってきたかを見てみよう。
04年に東伯町と赤碕町が合併して琴浦町となったことから、初年度は東伯地区、05年度は赤碕地区、以降、交互にひらめき教室を開催することにした。

初年度は、教室開催の告知チラシは老人クラブを通じて各戸に配るようにしたが、05年度は事前に老人クラブの地区会長や民生委員、公民館長などを集めて説明会を開き同教室の意義をきちんと理解してもらい、チラシを『今度いい会があるからぜひ参加してね』と声掛けをして手渡ししてもらうようにした。これが功を奏したのか、初年度の受診率は20%だったが、05年度は23%に増えた(表1)。

この方法はその後も継続されたが、3年、4年と続けていくうちに受診率が落ちてきた。そこで、藤原氏はなぜ受診しないのか全町民にアンケートを実施。その結果、健診を受けたいけれども会場が遠くて行けない高齢者が多数いることが明らかになった。それならば自分たちが地域に入っていくしかないと、08年度からは実施会場を倍増させた。
また当初しばらくは、2次検査の該当者に後日、個別に受診勧奨のチラシを届けていたが、近所の噂にのぼるとの声が出ていたため、10年度は「心配ありません」と書かれたチラシと「もう一度詳しい検査をさせてください」という2種類を用意し、全員にその場でチラシを手渡すことにした。
さらに昨年度は、大きな変更が断行された。ひらめき教室の受診率が増えた割には、ほほえみの会の参加者はあまり増えてこなかった。その理由を調べてみると、「ミニデイに行っているからいい」という声が多かった。ミニデイサービスはもともと健康な高齢者のために用意されたものである。そこで行われるプログラムは当然、認知症予防を意識したものではない。それ以上に藤原氏らが問題視したのは、ミニデイに通っている人たちの中から認知症の人や予防対象者が見つかったことだった。そこでミニデイとほほえみの会を統合させ、認知症予防と転倒防止、閉じこもり予防を目的とした「介護予防教室はればれ」として再スタートさせることにした。それと同時に、ミニデイ、ほほえみの会はいずれも2週間に1回の開催だったのを1週間に1回にして外出の機会を増やした。また、ほほえみの会は6ヵ月を一区切りとし、TDASの結果が改善した人は卒業となっていたが、介護予防教室はればれは介護保険を申請するまでは参加できるようにした。参加者の中には、「知り合いのいないデイサービスには行きたくない。申請しなくてもいいように、ここでできるだけ頑張る」と話す人もいるという。

ひらめきはつらつ教室では必ずミニ講演が行われる。

講演後はタッチパネル式コンピュータを使ってスクリーニング。検査時間は4分程度。

書写や計算などにも熱心に取り組む介護予防教室はればれの参加者。

06年地域包括支援センターが立ち上がった。これを機に、ほほえみの会の運営を1民間事業所に委託した。さらに、介護予防教室はればれに変更となってからは4ヵ所の事業所が受け持つようになった。現在、事業所の担当者が毎月集まって教材の検討を行っている。これまでの主な歩みを表2にまとめた。

町民の認知症への理解を深めるイベントも

徘徊模擬訓練に参加した小学生たちはその体験を市民フォーラムで発表した。

市民フォーラムも昨年で第6回を迎えた。毎回、大勢の住民が参加する。

昨年2月に行われた鳥取県初となる徘徊高齢者発見の模擬訓練には地元の小学生も参加。

ひらめき教室で認知症予備軍の掘り起こしに努める一方で、認知症サポーター養成を兼ねた「認知症を支えるまちづくりフォーラム」を年に1度開催し、地域住民の認知症への理解を深めている。その内容も、福岡県大牟田市認知症ケア研究会を招いての癒しコンサートと同研究会が制作した認知症高齢者をテーマにした絵本『いつだって心は生きている』の朗読会を行ったり、ほほえみの会の参加者や認知症介護家族による体験発表をしたりと、毎回工夫をこらしている。
10年2月には、鳥取県初となる徘徊高齢者発見の模擬訓練を実施。これには地域の小学6年生38人が参加し、フォーラムでその体験を発表した。
「この模擬訓練では予想以上の成果が得られました。徘徊高齢者が出たとの知らせが役場から地域の区長に入ったら、区長が有線放送を流し、それを聞いた住民が区長の家に集まり、班に分かれて捜索に出る。徘徊高齢者を見つけたら区長の携帯に電話する、というシステムを地域の人たち自らが考えてくれたのです。地域にはたくさんの力をあることを再認識しました」と藤原氏は喜ぶ。
新しい取り組みがもう一つある。独居や夫婦世帯など閉じこもりがちな高齢者を地域に出てきてもらうために、高齢者サークルを07年に立ち上げた。サークルの世話係は、その地域の元気な高齢者たちだ。現在、すでに60サークルが誕生している。
「これから団塊の世代の人たちが退職してきます。その人たちはパソコンも操れるでしょうから、いろいろと新しいことを始めてくれるのではないかと期待しています」(藤原氏)

専門医の協力があったから継続できた

ひらめきはつらつ教室を始めたころ、「うちの親が健診を受けて認知症じゃないかと言われ、ショックで何も食べなくなった。なんてことをしてくれたのだ」と在介センターに怒鳴り込んで来た男性がいた。あるいは、認知症予防教室に通いはじめた人に、「あんなところに行ったら、かえってボケるからやめたほうがいい」と助言する住民もいた。また、心配するからと家族に内緒で2次検査を受けてきた高齢者もいた。このような状況を藤原氏は「すべては、認知症が正しく理解されていないことが原因」と考え、「だからこそ認知症啓発活動が重要であると痛感しました」と話す。
6年経った今、住民の意識は間違いなく変化している。2次検査対象の高齢者に家族が「2回も検査を受けられてよかったね」と積極的に受診を勧めたり、家族が「予防教室に行ったほうがいい」と本人を連れてきたりするといったことも珍しくなくなっている。また、この取り組みを始める前は重度の人の相談ばかりだったのが、最近はそれがかなり減ってきている。
ここまで変わった大きな理由は、藤原氏らの取り組みが継続され、認知症に対する住民の理解が深まったからにほかならない。では、どうして継続できたのだろうか。藤原氏は浦上氏の存在を第一に挙げる。
「ミニ講演などで毎年、何十回と当町に足を運んでくださいました。専門の先生のお話を直接聞けることが住民の皆さんの参加を促しました。また、浦上先生は地域のかかりつけ医とも連携をとってくださり、診断後のフォロー体制が整えられたことも住民にとって大きな安心でした」
次に指摘したのが地域の組織力だ。琴浦町の65歳以上の高齢者は約5,800人。そのうち3,000人が老人クラブの会員だ。「目の細かいネットがあったので情報を個人まで届けられました」と評価する。

琴浦町の認知症予防を支えるスタッフたち          琴浦町役場健康福祉課地域包括支援センター 圓山千嘉子さん(左上)。 介護予防教室はればれの指導員・岡真澄さん(右上)、中本順子さん(左下)、石谷麻有さん(右下)

一方、これまで琴浦町の活動をさまざまな形でサポートしてきた浦上氏は、どのような思いで見守ってきたのだろうか。
「一見、健康に暮らしていると思われる人の中から認知症の人を早期に発見する琴浦町方式は理想に近い形だと思っています。この健診スタイルは藤原さんたちが最初に始めたもの。お手本はよそにはありません。彼女らは模索しながら森を切り拓き、道を作ってきました。その努力をなんとか実らせてあげたい、そう思ってお手伝いしてきました。認知症対策は行政、医師会、現場の福祉の方、そして専門医のバックアップがあれば完璧です。しかし残念ながら、最初からそれらすべてが揃うことはまずありえません。片や、認知症の方は日々増えており、全国的な視点からもそれを予防しなくてはいけないという切羽詰まった現実があります。それを考えると、琴浦町のようにとにかくスタートさせて、走りながら考えるやり方を取るのがよいと思います。琴浦町の取り組みを参考に、ぜひ各地域でやれることから始めてほしい、長く続けてほしい、心からそう願っています」
認知症予防はもはや国全体が取り組む課題だ。浦上氏は今年、第1回日本認知症予防学会を2011年9月に米子で開催する。浦上氏はこの学会で琴浦町の取り組みを紹介し、予防の輪を広げたいと考えている。

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