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2005年日本認知症学会に投稿された論文

2005年日本認知症学会への投稿論文

著者名

木村 有希⑴,綱分 信二⑴,谷口美也子⑴,斎藤 潤⑴, 北浦 美貴⑴,細田理恵子⑵,米原 あき⑵,長谷川順子⑵, 児山 憲恵⑵,清水百合子⑵,森本 靖子⑵,頼田 孝男⑵, 小嶋 良平⑵,浦上 克哉⑴

⑴ 鳥取大学 医学部 保健学科 生体制御学[〒 683-8503 米子市西町 86]
⑵ 介護老人保健施設 あわしま[〒 683-0854 米子市彦名町1250]

抄録

アルツハイマー病(AD) 10例を含む高齢者28例を対象として,コントロール期間の後アロマセラピーを実施し,それぞれ前後で検査を行ないその有用性を検証した。全員に GBS スケールの自己に関する見当識の有意な改善が見られた。効果は AD 患者,また軽度~中等度 AD患者においてより著明であり,知的機能の総点でも有意に改善した。生化学,血液一般,介護職員に対する Zaritでは有意差はなかった。AD患者への非薬物療法としてアロマセラピーの有用性を見出した。さらに Zaritより,この改善効果は介護者の負担軽減によって患者評価が改善したものではないと考えた。血液一般,生化学検査等により安全性も確認できた。

key words:アロマセラピー,アルツハイマー病,痴呆,高齢者,非薬物療法,知的機能

はじめに

今日,高齢者増加に伴い,痴呆症患者が増加し,AD も増加している (Urakamietal,1998,涌谷ら,2001, Yamada et al, 2001)が,それは,個人や家族だけの問題ではなく世界中で社会的,政治的問題となっている.本邦では,介護保険の導入により,薬物のみではなく介護の面から痴呆症患者へアプローチする非薬物療法が注目されるようになってきた(柴山,水野,2003).非薬物療法は,薬物療法や日々のケアを補う目的で行なわれてきたが,最近では,痴呆の予防となりえる可能性も指摘されている(谷向,2004).具体的な非薬物療法としては,記憶の訓練,リハビリテーション,音楽療法,回想法,動物介在療法,光療法などがあげられるが,我々はアロマセラピーに注目した.
アロマセラピーは,植物から抽出されたエッセンシャルオイル(精油)をその香りの作用に基づいて使用する伝統療法の一つであり,現在多くの分野で利用されている.健常者に対しては,ローズマリーとラベンダーのエッセンシャルオイルが,認知機能や気分に影響を及ぼすという報告もある(Mossetal,2003)が,痴呆症患者を対象とした報告は稀である.以前の報告では,痴呆患者の感情や行動の障害に対処できることを示唆している(Ballard et al, 2002,Smallwood et al, 2001).しかし,これらは痴呆の周辺症状であり,痴呆の中核症状とは知的機能障害である.進行性の認知機能障害が AD患者と介護者にとっての重要な問題である.アロマセラピーが痴呆患者の知的機能に影響を及ぼすという報告はない.
アロマセラピーにより,まず,芳香分子が鼻腔を通ってその内側にある嗅上皮へいき,嗅上皮に集中している嗅覚神経が,香りの情報を記憶や感情に深い関わりを持つ大脳辺縁系に伝える.続いて,自律神経系や内分泌系を調整している視床下部へ情報が送られ,その香りの種類に対応する神経活性物質が放出され,様々な効果をもたらすのである.使用した香りはローズマリー & レモンとラベンダー & オレンジである.ローズマリー & レモンは集中力を高め,記憶力を強化する刺激的な作用があり,ラベンダー & オレンジは,心や身体への鎮静作用があるといわれている(小林,2004).
AD 患者において嗅覚機能が低下するという報告がある(Peters et al,2003)が,嗅覚刺激により患者の痴呆症状が改善されることを期待して,我々は痴呆症患者に対してアロマセラピーを実施し,その治療効果を検証した.
我々は,前調査を行ない,アロマセラピーにより AD 患者の知的機能が改善する可能性を見出した(綱分ら,2003).そこで今回は,研究デザインを改善し,前調査の際 14日間だった期間を 28日間に延長した.そして,新たにコントロール期間を設け,アロマセラピー自体の有用性を評価できるようにした.また,Zaritスケール(Araiet al,1997)を一部改訂して用い,介護者の負担を評価した.このように研究デザインを改善し,アロマセラピーの治療効果を検証したので報告する.

方法

対象者

介護老人保健施設あわしまに入所中の高齢者28例(男性 8例,女性 20例,平均年齢±標準偏差 85.3±8.4歳)を対象と し た.そ の 構 成 は、DSM IV (American Psychiatric Association,1994),NINCDSADRDA (McKhannetal,1984)に従い診断した AD 10例 (男性 4例,女 性 6例,87.3±7.4歳),NINCDS AIREN(Roman et al, 1993)に従い診断した脳血管性痴呆(VaD) 6例 (男性 1例,女性 5例,84.2±10.5歳),混合型痴呆やその他の痴呆,非痴呆患者より構成されるその他の群 12例(男性 3例,女性 9 例,84.3±8.2歳)である.この研究の目的と方法の詳細は,各々の患者と家族に説明し,患者と家族から口答と書面で同意を得られたものを対象とした.患者の詳細な内訳は Table1に示す.

~コントロール期間を設けたクロスオーバー法による検討~

初めに,7日間で対象者全員の前検査を行ない,次に 28日間のコントロール期間を設けた後,7日間で検査を行なった(後 ① 検査).その後の 28日間で全員に対してアロマセラピーを実施し,その後 7日間で検査を行なった(後 ②検査).(Figure1)

アロマセラピー内容

28日間のアロマセラピー期間中は,9 時~11時にローズマリー & レモン (ローズマリー2滴 :レモン 1滴),19 時半~21時半にラベンダー & オレンジ(ラベンダー2滴 :オレンジ 1滴)の香りをディフューザーで散布した.スポイトで計量して(1滴は約 0.02ml),エッセンシャルオイルをフィルターに滴下し,そのフィルターを電池で動く送風機を備えたディフューザーにセットした.そのディフューザーを,それぞれの患者の部屋に1個ずつ,ラウンジ内には 2個を設置した.ローズマリー & レモンは集中力を高め,記憶力を強化する刺激的な作用があり,ラベンダー & オレンジは心や身体への鎮静作用があるといわれている(小林,2004).朝と夜で香りを変えた理由は,自律神経システムによるサーカディアンリズムにあわせて,朝は刺激作用により交感神経を優位に働かせ,夜は鎮静作用により副交感神経を優位に働かせるためである.エッセンシャルオイルならびにディフューザーは Peace of Mind社製のものを用
いた.

検査法

検査は,Table2の要領で行なった.
GBS スケール日本語版(Gottfries, Brane,Steen 「老年期痴呆行動評価尺度」) (Hommaet al,1991)を治療効果判定として用いた.これは,AD に対する薬効評価に対して使用されており,痴呆のプロフィールを評価しうる.具体的 に は GBS A (知 的 機 能),GBS B (自 発 性),GBS C (感情機能),GBS D (その他の精神症状),GBS E (運動機能) の項目で構成され,ある程度量的な測定が可能である.また,AD の重症度を判定することを目的としてFAST (FunctionalAssessment StageofAlzheimerʼsDisease) (Sclan & Reisberg, 1992)を行なった.痴呆の障害の程度を 7段階に分類する観察式の評価法であり,1~2を正常,3~5を痴呆疑い~軽度~中等度痴呆,6~7を高度~極めて高度痴呆とする.評価者は対象者を観察し,介護者からの情報を得る必要がある.また,スクリーニング検査として用いられるHDS R(長谷川式簡易知的機能検査-改訂版)(加藤ら,1991)も行なった.
以上 GBS, FAST, HDS R の 3つの痴呆評価スケールは,看護師や,介護福祉士が患者に対して観察及び面接調査をすることで実施した.検者による差異が出ないように,それぞれの対象者評価は,同じ検者によって行なわれるように配慮した.つまり,ある一人の対象者は,調査の期間を通して,いつも同じ検者に評価されたということである.また,検査時間についても,毎回同じ時間帯になるように配慮した.
頭部 CT スキャンも全員を対象に行ない,診断の参考とした.また,血液一般検査,生化学検査などのルーチン検査を調査の前後で行なった.
また,後 ① 検査,後 ② 検査を行なう際に介護者 10名に対して介護負担評価(Zarit)を一部改訂したものを行なった.これは介護者に身体的,心理的,経済的負担などについての 24項目の質問をして,それぞれの質問を 5段階で評価総括し介護負担を測定するものである.
前検査,後 ① 検査,後 ② 検査の結果の経時変化を ANOVA (分散分析)を用いて統計解析した.Stat viewのソフトウェアを使用した.

結 果

GBS の中で,GBS B (自発性),GBS C (感情機能),GBS D (その他の精神症状),GBSE (運動機能)など,知的機能以外の項目では,総合点数の前後変化に統計的有意差はなかった.
GBS Aは特に知的機能を評価する項目である.全患者 (28例),VaD 群 (6例),その他の
群 (12例) の平均点数の前後変化に有意差は見られないが,AD 群 (10例) においては改善
傾向が見られた (p<0.1).さらに,AD 群の中でも著明な改善を示したのが FAST スコア 3
~5の軽度~中等度 AD 群であり,有意な点数の改善が認められた (p<0.05).(Figure2)
GBS Aの中で最も著明な改善が見られた項目は,GBS A 3 (自己に関する見当識)である.全患者において改善が見られ (p<0.05),その効果は AD 患者で,より著明であった (p<0.01).VaD 群,その他の群では,改善傾向は見られなかった.(Figure3)
FAST1~2の痴呆のない対象者 (4例) においては,歩行機能の点数が有意に改善した(p<0.05).
HDS R の点数変化に統計的有意差はなかった.
知的機能の改善について,GBS Aと HDS R間で,点数の相関について検討した.GBS A前検 査 と HDS R 前 検 査 の 間 で は,相 関 係 数r=-0.867 (p<0.0001),GBS A後 ① 検査とHDS R 後 ① 検 査 の 間 で は r=-0.892 (p<0.0001),GBS A後 ② 検査と HDS R 後 ② 検査の間では r=-0.828 (p<0.0001)となった.
FAST スコアの推移について,全体では有意差がなかったが,その他の群 (12例) において有意な改善が見られた (p<0.01).
生化学検査,血液一般検査,Zarit総点 (Figure4) では,前後の値に有意差はなかった.

考 察

アロマセラピーを痴呆患者に実施したところ,GBS スケールにおいて,全患者,VaD 群,その他の群では前後の点数に有意差は見られなかったが,AD 群においては知的機能の改善を認めた.さらに,AD 群の中でも著明な改善を示したのが FAST スコア 3~5の軽度~中等度AD 群であり,有意な点数の改善が認められた.GBS Aの中で最も著明な改善が見られたのがGBS A 3 (自己に関する見当識) であり,全患者において有意な改善が見られ,その効果はAD 患者で,より顕著であった.これらより,アロマセラピーは AD 患者の知的機能に効果があり,特に最も効果があったのが軽度~中等度AD であったといえる.この傾向は,前調査 (綱分ら,2003) と概ね同様であった.
ただ,今回の検討では,知的機能の改善が自己の見当識の改善等に限られ,やや効果が少なかった印象がある.前調査においては,GBS A(知的機能) の中の多くの項目で改善があり,知的機能以外にも GBS B (自発性) や GBS E(運動機能) など,広く効果が見られていた.研究デザインの改善で,オイル使用量を極めて厳密に計量をしたところ,前調査の際,ややオイル量が多めになっていたことが分かった.このため,今回はアロマオイルの量が不十分だった可能性があると考えた.今後,オイル使用量をさらに多くして検討すれば,より広い効果が期待できる可能性がある.
嗅覚機能に関連する脳の領域は,中側頭葉にあり,AD で神経病理学的な変化を受けるところである.AD 患者においては,早期に内嗅皮質や,海馬などの領域に神経原線維変化が蓄積し,進行すると,扁桃や視床,視床下部,マイネルト基底核にも蓄積する (Braak & raak,1991,Goldet al,2000).嗅覚刺激の情報はこれらの領域でも処理される.これに相応して ADでは病気の早期で嗅覚機能障害が進行するという仮説が支持されてきた(Peters et 1,2003).
一方,ヒト海馬歯状回と側脳室脳室下帯では,生涯,神経細胞の発生が続いている(Erikssonet al, 1998).この神経細胞発生の度合いは,様々な環境要因により左右されると いうTanapat et al, 2001, Gould et al, 1997,Kempermann et al, 1997).この新生神経細胞が認知機能において重要な役割を果たすという説もある(Shors et al, 2001, Macklis et al,2001).これらより,アロマセラピーの匂いによる刺激が,海馬における神経細胞の発生を促進し,認知機能に改善をもたらしたのではないかと考えた.
また,アロマセラピーの効果が,介護者の心身面を改善し,患者の知的機能の改善へとつながったのではないかという可能性も否定できないので,今回,Zaritを行ない,検証した.本来,Zaritとは家族の介護負担を評価するものであり,施設職員には最適といえないため,これを一部改訂して用いた.具体的には,「家族」を「患者さん」という単語に変え,「患者さんの便臭,尿臭を不快に思いますか.」という項目と,「患者さんの前でついつい不快な顔をしてしまっていると思いますか.」という項目を付け加えた.Zaritの結果に有意差がなかったことより,介護負担は変化していないということであるので,介護者の介護負担の軽減が,患者の知的機能改善や患者評価に影響する可能性が否定できた.
臨床症状,血液一般検査,生化学検査等の結果より,副作用がないことがわかり,安全性も確認できた.
今回,アロマセラピーは,AD の中核症状に改善効果をもたらすことを見出した.アロマセラピーが AD の知的機能を改善するという報告は今までになく,この報告が初めてのものである.アロマセラピーは安全,簡単で,誰でも行なえ,治療法のみならず新たな予防法となりえる可能性がある.具体的には,現在日本中で行なわれているデイサービス,デイケア,痴呆予防教室の一つのプログラムとして役立つと考えられる.今後は,臨床面と生物学的側面から,効果とメカニズムを検証し,方法論を確立していく必要がある.

本論文の内容は第23回日本痴呆学会(現日本認知症学会)で発表した.

以上参考URL

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アルツハイマー病患者に対する アロマセラピーの有用性

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